【30・40代が大共感】酒井順子さんの「中年だって生きている」を読んだ感想

30代を過ぎ、アラフォーに差し掛かると

「自分の人生、こんな感じでいいのかな?」なんて

言葉にならないモヤモヤを抱えて生きている…そんな人は多いのではないでしょうか?

MARU

私も、絶賛「その中の1人」です(笑)

中でも「中年」というフレーズを聞くと、自分には程遠いような気がしますよね。

ところがどっこい、なんと我々は既に「中年」に差し掛かっているんです!

そんな私達にとっての「中年論」を、

共感しまくり、クスッと笑いながら学べるのが、有名なエッセイストである酒井順子さんの著書「中年だって生きている」です。

この本を読めば、こんな事が分かります。

  • 中年だからこそ感じる「モヤモヤ」の正体が分かる
  • 中年が「しがち」だけど「してはいけない事」が分かる
  • 中年として「どうすれば生きやすいのか」という指針が分かる

30代・40代にとっては、共感しまくりな事この上なし。ですよ^^

目次

中年だからこそ感じる「モヤモヤ」の正体

30代を過ぎて中年に差し掛かると、

「何か…何かがモヤモヤする!私の人生!」と思う事もあるでしょう。

中年は「中ぶらりん」だからこそ悩む

もう若者には戻れないけど、老年の覚悟を決めるには早すぎる。

新しいスタートを切るには遅すぎるのではないか、これ以上現状は変わらないのではないか、身体も容色も明らかに衰えてきた…といった様々な不安も、渦巻きます。

酒井順子 著「中年だって生きている」より引用

この文章を読むだけでも、アラフォーの99.6%くらいの人が「ああ!私の事じゃん!」って感じるのではないでしょうか。

中年は「中」がつくけど、

「中」がつく立場の人は、どっちつかずの「中ぶらりん状態」だからこそ、悩みはつきません。

子供でもないけど大人でもない「中」学生や、

上司と部下の間で奔走する「中」間管理職も、中ならではの悩みを抱えて生きています。

服装だって「中」ぶらりん

ピチピチ若者が着るキャラTは可愛いし、おばあちゃんが着るキャラTも可愛い。

だけど、中年が着るキャラTは…周りからも変な目で見られるし、本人も「イタイな〜」と思ったりします(笑)

MARU

私の大好きなケロッピのTシャツは、今や観賞用…!

ところが、中年を過ぎてカラカラに年をとったお婆ちゃんが、キャラTを着ている姿が急に可愛く思えますよね。

この原因も、中年の「中途半端さ」にあると言います。

少しだけ老化したけど、まだ肉付きがいい。

そんな生々しさを纏った我々は、まさにキャラTとは別世界にいるんです。

中年だってちやほやされたい

美魔女も元をたどれば「チヤホヤ」されたいから、あんなに頑張って美を磨いている。

「〇〇歳に見えない!」「子供がいるとは思えない!」

そんなチヤホヤは、中年にとっての活力…もとい、砂糖菓子のような中毒性があります。

MARU

周りの男性からも、旦那からもチヤホヤされなくなるもんね!
チヤホヤされてた10代20代が懐かしいぜチキショー!

一方で、中年である私たちの「チヤホヤされたいが為のモテアピール」は痛い。

本書でも、「中年のアヒル口は、ほうれい線が目立つし、中年の上目遣いは、おでこのシワが目立つから辞めた方がいい」とあります…。確かに(笑)

中年に求められるものとは結局何か?

MARU

中年である我々には、何が求められるのよー?

「中」ぶらりんな我々は、どのような態度が必要なのか?

それは主に、こちらの2点だと感じました。

  • どーんと構えること
  • 老いや現状を受け入れ、満足する事

どーんと構える事

中年の「ウブな態度」は痛い…。

このフレーズには、私もグサッときました。

というのも、私は小心者すぎるために、いつもビクビク・オドオドした態度で生きてきました。

「失敗したらどうしよう…」

未だに、そんな気持ちが渦巻いています。

でも確かに、第三者の目で自分をみると「アラフォーなのにビクビクしてるのは、イタい」と思うんだろうな。

→失敗しても死ぬわけじゃない

「失敗したらどうしよう…」という気持ちは、「失敗しても死ぬわけじゃない」と思い込む事

そうするだけで、あらゆる物事のハードルは下がり

「堂々とした人」への道は開かれます。

「雨にも負けず」精神

社会において中年に期待されているのは、「自分の感情を向き出しにすること」ではなく、「感情を抑えきれなくなっている人を、受け止める」という役割です。

緊張のあまり挙動不審になっている人がいたら、行って「怖がらなくてもいい」と言い、悲しみのあまり泣きはらしている人がいたらその肩を抱き、(中略)という、「雨ニモマケズ」的な精神が必要となってくるのではないか。

「中年だって生きている」より引用

ちなみに「雨ニモマケズ」の全文を覚えていなかった私ですが、こちらの引用文は「雨ニモマケズ」の後半に出てくるんですね。

以下、原文を引用しましたが、読みやすく変換しています。

雨にもまけず
風にもまけず
雪にも夏の暑さにもまけぬ
丈夫な体をもち
慾はなく
決して瞋らず(怒らず)
いつも静かに笑っている
1日に玄米四合と
味噌と少しの野菜を食べ
あらゆる事を
自分を感情に入れずに
よく見聞きしり 分かり
そして忘れず
野原の松の林の䕃(かげ)の

小さな萓ぶきの小屋にいて

東に病気の子供あれば

行って看病してやり

西につかれた母あれば

行ってその稲の束を負い

南に死にそうな人あれば

行って怖がらなくてもいいと言い

北に喧嘩や訴訟があれば

つまらないことはやめろと言い

日照りの時は涙を流し

寒さの夏はオロオロ歩き

みんなに木偶の坊(役たたず)と呼ばれ

褒められもせず

苦にもされず

そういうものに

わたしはなりたい

MARU

中年になった今、この詩が染みる…!
あなたも久々に読んだかな?

老いの受け入れ→今の自分や生活に満足する事

自らの老いを受け入れる勇気を持つためには、現状のあなたを受け入れ、現状に満足すること。

天才バカボンの「これで〜いいのだ〜♪」精神ですね。

「またシミが増えちゃった!」と笑いながら、シュークリームを美味しそうに食べる中年女性は、カラッとしていて清々しい。

とはいえ、相手に不快感を与えないくらいには、キチッとしていたいものです。

「中年だって生きている」を読んで、自分で「こうしたい!」と思った事

「お節介ではないけど、役に立つ大人にはなりたい」

「自分を好きになり、受け入れ、心を内ではなく外に向けたい」

この本を読んで、そう思えました。

指針を決めると、今後の人生を生きる上で、少しだけ心が軽くなりますよ。

MARU

あと、人を笑わせられるユーモアも育てていきたい!

一方で、

「自分はまだ若い」という気持ちは、隠し持ってるし、おそらく今後も消えることはないんだと思います(笑)

だって、子供の頃に見ていた30代に実際になってみると、

「あ…外見は老いたけど、芯の部分はそんなに変わってないな。」と実感したんですよ。

ただ、社会的に「中年らしく振るまってる」。いや、振る舞わないといけないんですよね。

そんな気持ちのまま、70才・80才と生きる事ができたら、

その時はキャラクターもの (大好きなケロケロケロッピ) のTシャツを着て

若い子に「可愛い〜!」って言ってもらえる未来も良いですね^^

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